ピンチはチャンス!かもしれないPart1;心も風邪をひく

いつも応援いただきありがとうございます。手芸が趣味の三姉妹の母Imoanです。長女(小6)は現在、成長に伴って低酸素血症が進行しています。夏から学校へは酸素ボンベを携帯し、私の付き添いつきで短時間のみ登校を続けてきましたが、二週間ほど前から急に三階にある自分のクラスの教室へ行きたくないと言い出しました。最初の数日については前のブログに書いた通りです。

その後の一週間は学校へは行くけれど教室へ行けず、毎日、副校長先生やスクールカウンセラーの先生方に相談し、教室とは違う場所で過ごしました。

月曜日は2時間目から給食の時間まで保健室で過ごしました。火曜日は5~6時間目の家庭科に出席し、その後は勢いで教室へ行きました。水曜日は4時間目の個別授業(取り出しと言って、元々毎週この時間は個別で講師の先生に教えてもらっています。)を3階で受けて、給食は相談室を開けてもらい、校長先生が来てくださいました。木曜日は3~4時間目の平和教育(地域のおじいさんとおばあさんから戦時中の話を聞く)の授業に出席し、給食とお昼休み、5時間目はスクールカウンセラーの先生と相談室で過ごしました。金曜日は3時間目に校長室で学生ボランティアさんと漢字の勉強をして、4時間目は少し頑張って3階の隣りのクラスの先生(去年の担任)が受け持つ算数の少人数授業を受け、給食と5時間目は相談室でカウンセラーの先生と過ごしました。

担任の先生は娘が教室に行けない理由がわからず、「なんで教室へ行けないのかなぁ?」と娘に問い詰めるようなところがありました。本人なかなか上手く気持ちを口で説明できず、黙り込むばかりです。もしかしたら文字にすれば書けるかもしれないと思ったので、ノートに書かせてもらうことを提案してみました。

その後に先生が娘から聞いた話では、「教室で一人でいるのが辛い。」みたいなことを言ったんだそうです。しかしそれは担任の先生にとっては寝耳に水だったのか、娘のいない所で私に「教室に一人でいるのは今に始まったことではない。」とか、「Tちゃんのことをクラスのみんなは心配しているし、今までも困っている時には手伝ってもくれていた。」と言われました。

娘は連絡ノートの一番後ろのページにも教室へ行けない理由を書いていました。『休んでいる時が多いから教室へ行くのが不安です。』と。これを先生が読んだのかどうかがわからなかったので、翌朝、学校へ行く前に次女(小2)に長女の担任の先生のところへ持って行かせました。

付箋をつけて、ついでに私からも長女の気持ちを代筆するようなつもりで「A先生とクラスの皆さんへお願いがあります。」とメッセージを添えました。ストレートに「学校で見かけたら挨拶をしていただけると嬉しいです。自分から大きな声で挨拶ができると良いのですが、今は不安が強くてできません。体もしんどくて今は三階の教室へ行くのが辛いです。」と。

その日は午後から家庭科室で調理実習に出席しましたが、さっそく廊下でも家庭科室でも皆さん声をかけてくれました。担任の先生も今までだったら、あぁ来てるんだぁという顔をするだけで特に娘に声をかけることもありませんでしたが、この日はわざわざ娘のそばまで来て声をかけてくれていました。皆さんには今までだって今だって感謝しているのですが、翌日からもやっぱり教室へは行けず、私が間に入って橋渡しするばかりで、傍から見ていると担任の先生と娘の距離はますます遠く離れていっているように感じました。

私が思うに、教室へ行けない理由は誰のせいだというわけではなくて、本人の体が本当に今しんどい状態で、さらに心理相談室の本棚にあった本の一節に書かれていたことですが”心も風邪をひいている”状態なのではないかと。

思えば昔昔も心臓病の保育グループへ通っていた頃、みんなお母さんから離れて楽しそうに保育士の先生達と遊んでいるのに、うちの子は2年通ったうちの1年半も離れられませんでした。プロの保育士の先生方があの手この手を使って母子分離を試みてくれましたが全くそれには応じず、しかしグレン手術という大きな手術を受けた後からは、すーっと離れられるようになり、手術を受ける前は体が辛くて離れられなかったんだと後から気付いたのでした。今まさにその頃と同じくらいのサチュレーション(血中の酸素飽和度)です。

そういった私の話は、校長、副校長、スクールカウンセラーの先生方が丁寧に聞き取ってくださいました。担任の先生にも伝えました。

そしてもう一つ気が付いたことがありました。教室へ行けなくなってから、校長先生や副校長先生、スクールカウンセラーの先生方や、その他の先生方が娘に親身になってお話をしてくださったりしていたのですが、最初は緊張していた娘も次第に慣れてきて、たった一週間で先生方との距離がぐっと近くなり、おしゃべりが弾むようになってきました。

それで先生方も娘が頭の中では色んなことを考えているんだとか、無口なわけではなかったんだとか、実は親離れしたがっているだとか、そういったことに気がついてくださいました。

そして先週の終わり、娘の学校生活での体力的、心理的負担を軽くするにはどうしたら良いか、副校長先生、養護の先生、スクールカウンセラーの先生、担任の先生で話し合いの場が設けられたそうです。校長先生は出張で不在だったそうですが、カウンセラーの先生と事前に打ち合わせをしてくださっていました。

正直なところ、教室へ行きたくないと言われたら、親は悩みます。しかし娘は今までよく頑張ってきたと思いますし、教室へ行けないと声に出して主張できるようになったのも成長している証だと先生方が言ってくれています。私も応援するっきゃないですね!今週の様子はまたPart2へ続きます。今日も読んでいただきありがとうございました。

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