3歳半から言葉と母子分離がスタート:娘を受け入れてくれた幼稚園

手芸が趣味の三姉妹の母Imoanです。前のブログに続き、今日も長女の発達に関して、幼稚園へ入園する頃のことを書いていきます。

長女は両大血管右室起始症(DORV)という心臓病と、先天性嚢胞状腺腫様肺奇形(CCAM)という肺疾患を併せ持って生まれてきました。心臓は複雑な形をしていて、肺は生まれてすぐに左肺の2/3を切除しています。血中の酸素濃度が健康な人がほぼ100%のところ長女は80%前後です。主治医には周りが平地を歩いているところ、一人だけ高山の上を歩いたり走ったりしているようなものだと言われています。

3歳でグレン手術という心臓の手術を受けるまでは体調があまり良くなく、ゆっくりゆっくり成長してきていました。手術の後に体が落ち着いてきた3歳半の頃から、ようやく言葉が出るようになり、母子分離もできるようになりました。

幼稚園へは3年保育で入園しました。どこの幼稚園もウェルカムだったわけではありません。色々な幼稚園を見学しに行ったり、断られたりしました。最初から「お気の毒ですね。」と言われたり、中には「他のお子さん達よりも遅く来て早く帰るようにしてはどうか。」と提案された幼稚園もありました。園庭が森になっている一番近所の幼稚園では、園長先生の反応はとても良かったのですが、血液をサラサラにする薬を服用しているため「怪我をさせたら大変だと理事長がどうしても賛成してくれなかった。」と最終的にお断りされました。

幼稚園に入るのを諦めようかと思っていた時に、長女が「幼稚園に行きたい」と言い出しました。それまでは行けなくても良いと言っていたのに、行けないとなると行きたくなったようです。入園考査などの時期はどこも終わっていましたが、地図を広げて通えそうな範囲にどこかないかと探してみました。その中に見学にも行っていなかった幼稚園を一つ見つけて問い合わせました。幸いなことにまだ園児を募集していてすぐに面談をしてくれました。

教会付属の小さな幼稚園でした。過去にも病気のお子さんが入園されていたこともあったり、どんなお子さんも神様から愛されるために生まれてきたという教えがあったりで、長女を快く受け入れてくださいました。その幼稚園へは自宅から少し距離がありましたが、路線バスか自転車で送り迎えができる範囲にありました。

制服も、園バスも、給食も、延長保育もない幼稚園で、当時は各学年一クラスずつの小さな幼稚園でした。運の良いことに年少、年中時は養護教諭の免許を持つベテランの先生が担任で、娘の体調やペースをとてもよく理解してくださっていました。先生から娘の幼稚園での様子を聞いて学ぶことも多かったです。

娘にとって楽しい楽しい幼稚園での3年間でしたが、発達に関しては周りのお友達と比べると何をするにもゆっくりでした。体も小さく、言葉も喋り始めて半年での入園でしたので発音が赤ちゃんっぽかったと思います。世話を焼いてくれるお友達がクラスに何人もいました。

長女は病院のお医者さんや看護師さん、保育グループの先生方など大人にはとても慣れていたので、最初はお友達と仲良くするよりも先生にくっついて頼ってばかりでした。幼稚園では保育時間の最初の1時間ほどを自由遊びからスタートするのですが、担任の先生によると何をして遊んだら良いのかわからずじーっと座って園庭で遊ぶお友達を眺めている日も時々あるようでした。しかし慣れてからは思いっきり自分の好きな遊びをして楽しんでいました。遊びたいことがたまたま他のお友達と一緒なら一緒に遊びますし、もし誰もその遊びに興味がなければ一人で遊ぶという感じで、担任の先生には流されない強さがあると言われていました。

また保育参観で見ていると、今でも同じような所がありますが、並んだ人から順番に…という場面では必ず一番後ろに並んで自分のペースを保っていました。誰かにぶつかるのを避けているようでもあり、先生の指示を聞いただけではもしかしたらよくわかっていなくて、周りのお子さん達がすることを見てそういうことかと真似して活動していたのかもしれません。

他には幼稚園に入園してから発見した特技もありました。長女は人の名前を覚えるのが得意で、クラスのお友達の名前はフルネームですぐに覚えました。それは今でも同じで、学校の先生の名前もすぐに覚えますし、私が簡単に忘れてしまうような滅多に会わない人の名前も覚えています。漢字も人の名前で覚えました。将来、歴史の授業が始まったら得意教科になるかもしれないと密かに期待しています。

お弁当については毎日空っぽにして帰りました。2歳まで食べない飲まないに悩まされて長い間経管栄養に頼っていたのが嘘みたいでした。ただ少し好みにうるさい点は冷めたご飯が嫌いということで、主食は毎回小さなパンかピザ、または焼きそばやスパゲティなどの麺類を入れていました。今でも冷めたおにぎりは好きじゃないようです。給食はしっかり食べているそうです。

月に一度ある親子礼拝では、毎回学年毎に壇上に上がって歌を披露するのですが、長女はこれが大好きで、いつもとても嬉しそうにはりきって歌っていました。体が小さかったのでよく目立っていました。

幼稚園へ入園して3か月後の夏休みに次女が生まれました。長女の人生は3歳からスタートしたと主治医には言われていましたが、ゆっくりだった成長のスピードが幼稚園生活のお陰で少しずつスピードを上げていったように思います。きっと子供が同年代のお友達から受ける影響は大きいのでしょうね。

幼稚園時代を振り返ると長くなりますので、また次回、続きを書きます。今日も読んでいただきありがとうございました。